【日本ラクロスの四半世紀・第10回】 1994年・ラクロスマガジンジャパン創刊

2012/04/19

 1994年(平成6年)
5月 機関紙『ラクロス新聞』をリニューアルし、『RE-LAX』を創刊。
6月 第1回LACROSSE NORTH EAST TOURNAMENT MATCH(東北)を開催。
リーグ戦の前哨戦ともなるこの大会では、男女とも東北大学が優勝した。
7月 第7回ILF男子世界大会に、男子日本代表が初めて参加。
 (20日~30日、イギリス・マンチェスター・ベリーフットボールスタジアム、参加6ヶ国)
この世界大会には、日本から派遣された源学審判員・寺田周平審判員が、日本人として初めて、ナショナルチームの出場する世界大会の舞台で審判員を務めた。
8月 ラクロスマガジンジャパンを創刊。
第1回東北ラクロスリーグ戦を開催。
男子4チーム・女子6チームが出場した。
男子は東北大学が圧倒的な強さをみせて優勝。女子は、東北大・宮城学院女子大・東北学院大が熾烈なデッドヒートを繰り広げ、最終戦までもつれる三つ巴の展開となり、得失点差で、東北大学が優勝した。

[男子]東北大、日本大工学部、岩手大、東北学院大
[女子]東北大、東北学院大、宮城学院女子大・宮城教育大合同、岩手大、郡山女子大、東北福祉大
10月 第1回クラブチーム西日本リーグ戦を開催。
ナニワラクロスクラブと、新たに発足したHELPが参加して行われ、試合を16-6で勝利したナニワラクロスクラブが優勝チームとなった(30日、西京極補助グラウンド)
女子は1チームのみの大会参加であったため、リーグ戦は実施されなかった(第3回大会から実施)
第1回PRIME CUPを開催(関東、準加盟校女子リーグ戦)
12月 ラクロス全日本選手権大会の女子決勝戦は、男女を通じ、大会初の延長戦となった。
 (11日、江戸川区陸上競技場)
過去4大会と同一カードとなった決勝戦は、試合終了26秒前に東京女子体育大が同点ゴールを入れ延長戦になったが、サドンデスの延長戦で点をきめた関西学院大学が2年連続・3度目の日本一となった。
第1回全国地区対抗王座決定戦を開催(9日~10日、江戸川区臨海球技場)
この大会から、1992年の第3回全日本選手権大会より行っているエキシビジョンマッチ(地区選抜戦)の他に、各地区優勝校による地区代表戦(全国地区対抗王座決定戦)を実施した。
これは「全国のチームを対象とした全日本選手権大会」の早期実現に向けた準備として行われた。

[男子]東北大、愛知大、第一経済大 (中四国地区は地区選抜戦のみの出場)
[女子]東北大、愛知学院大、川崎医療福祉大、福岡大

 ラクロスマガジンの創刊
ラクロスマガジンジャパンの創刊に当って、早川靖彦事務局長(*当時)は前書きにこう記している。

「今回、日本初のラクロス専門誌『Lacrosse Magazine Japan』を創刊するにあたり、この10年ほどのラクロスとの出会いを改めて振りかえってみると、多くの方々の顔が浮かんでくる。国籍も、社会的地位も、年齢も超えて『ラクロス』を日本に根づかせ発展させようと尽力してくださった方々の顔だ。
この号から始まるラクロスの新しい『場』が日本ラクロス界のさらなる発展と、歴史の保存に貢献し、皆さんとともにこれからのラクロスを『創造』していく『場』になればと思う」

1989年の『ラクロス・ニュース創刊』における延滋男の想い、そしてこの年の『ラクロスマガジンジャパン創刊』における早川靖彦の想いは、インターネットが発展し、様々な情報ツールが活用される今日においても色褪せぬメッセージを発している。

ラクロスマガジンRE-LAX
[左:ラクロスマガジンジャパン創刊号 / 右:RE-LAX創刊号(ラクロス新聞リニューアル)]

 世界に挑んだ男子日本代表
プレミアムディビジョンにエントリーした日本代表は、アメリカ、カナダ、オーストラリア、イギリス、イラコイナショナルズと戦った。50年~100年以上の歴史を持つ5チームに対し、8年目という若い日本が加わる形であった。

男子日本代表の記念すべき「世界大会第1戦」は、前大会優勝のアメリカを相手に、21日・午後4時30分に始まった(スコア:2-33)
日本代表は、この試合を含め6戦全敗となったものの、プレイオフの5位6位決定戦でイラコイナショナルズに13-19と接戦を演じるなど、世界最高峰のチームと真剣勝負をする貴重な体験を得た。

なお、この時の世界大会には、プレミアムディビジョンの他に、チェコ、ウェールズ、スコットランド、スウェーデン、ドイツの5ヶ国によるディビジョンワンという区分があった。

日本代表世界大会
[左:日本代表 / 右:男子世界大会での「第1戦」]

第5戦・オーストラリア戦世界大会
[左:オーストラリア戦 / 右:プレイオフを戦い終えた日本代表]

日本人派遣審判員1日本人派遣審判員2
[左右:この世界大会には、日本から2名の審判員が派遣された]

 国内各地区での戦い
この年から北海道地区でもラクロスが始まり、日本全国にラクロスの芽が生まれた年となった。
北海道地区でのラクロスは5月頃に始まると、最初に北海学園大学(女子)が本格的な活動を始め、秋頃には静修女子大学(現・札幌国際大学)・北海道大学(女子)・藤女子大学も活動をスタートさせた。

全日本選手権大会には、エキシビションマッチの地区選抜戦に、地区代表戦(全国地区対抗王座決定戦)には出場しなかった中四国地区[男子]の他、今回が初のゲームとなる北陸選抜も参加した。
北陸選抜は、新潟大学・敬和学園大学・北陸大学の選手で構成されていた。
決勝戦の観客席には、観戦する北海道地区の選手たちの姿も見られ、かつてない規模で全国のラクロス選手が一堂に会する大会となった。

また、エキシビションマッチの後には、エキシビション参加者を対象とした強化クリニックも実施した。
「全国のチームを対象とした全日本選手権大会」の早期実現に向け、各地区の選手たちの強化も重要な取組みであった。


全日本選手権・女子決勝戦全国のラクロス状況
[左:大会史上初の延長戦となった女子決勝戦 / 右:全国各地区のラクロス状況]

東北リーグ戦クラブ西日本リーグ戦
[左:第1回東北リーグ戦の参加選手 / 右:第1回クラブチーム西日本リーグ戦]

地区対抗王座決定戦地区選抜戦
[左:地区対抗王座決定戦 / 右:地区選抜戦]

地区向け強化クリニック1地区向け強化クリニック2
[左右:エキシビション参加者対象の強化クリニック]

 自分たち自身の手で作る大会
全日本選手権大会や国際親善試合は、大学生を中心とした選手たちによる「手作り」で行われた。

何をするにしても、選手・チームスタッフ・審判員・大会運営スタッフら一人ひとりの創意工夫が求められた。
それは、最高峰のものを作ろうという、一人ひとりの強い想いによって、一つ一つ実現していった。

大会準備1大会準備2
[左:外国人向けの資料を作成するスタッフたち / 右:街頭で大会PRを行うスタッフたち]

大会準備3大会準備4
[左右:看板の文字デザイン・作成を行うスタッフたち]

大会準備5大会準備6
[左右:大会当日の運営に携わるスタッフたち]

ウェルカムパーティー1ウェルカムパーティー2
[左右:国際親善試合で催すウェルカムパーティー]

 大会結果
世界大会 優勝 日本代表の成績
第7回ILF男子世界大会 USA 総合6位
国際試合 来日チーム(男子) 来日チーム(女子)
第6回ラクロス国際親善試合 BUCKNELL UNIVERSITY ENGLAND
全国大会 優勝(男子) 優勝(女子)
第5回ラクロス全日本選手権大会 慶應義塾大学 関西学院大学
地区大会 優勝(男子) 優勝(女子)
第1回東北ラクロスリーグ戦 東北大学 東北大学
第7回関東学生ラクロスリーグ戦 慶應義塾大学 東京女子体育大学
第3回東海学生ラクロスリーグ戦 愛知大学 愛知学院大学
第5回関西学生ラクロスリーグ戦 神戸大学 関西学院大学
第2回中四国ラクロスリーグ戦 山口大学 川崎医療福祉大学
第3回九州ラクロスリーグ戦 第一経済大学 福岡大学
第4回クラブチーム東日本リーグ戦 東日本ラクロスクラブ WISTERIA
第1回クラブチーム西日本リーグ戦 ナニワラクロスクラブ (第3回大会からの実施)

『第11回 1995年・史上初の3連覇達成』 へ続く

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